近畿まほろば総体

《古事記》に「倭(やまと)は国のまほろばたたなづく青垣(あおかき)山隠(やまごも)れる倭(やまと)し 美(うるは)し」
口語訳…【大和は国々の中で最も優れたよい所だ。重なり合っている青々とした垣根のような山々、その山々に囲まれている大和は美しい】とある。『まほろば』とは『優れたよい所・住みやすい所』という意味である。


◆7月26日(日)7時55分

広島駅新幹線口に崇徳高校弓道部員が集まって来た。
今日は、6月7日の県総体で個人優勝した佐々木翼選手がインターハイ(近畿まほろば総体)へ出発する日である。
今年の弓道競技は奈良県橿原(かしはら)市の橿原公苑第一体育館で行われる。

プラットホームで新幹線を待っていると、山口県の高森高校弓道部の一行とばったり出会う。尋ねると同じ新幹線でこれから橿原市へ向かうと言う。先月の中国大会で、高森高校は女子で、崇徳は男子で、共に団体優勝した学校だ。これも何かの縁なのかも知れないと思いつつ、目をホームに向けると、まもなく「ひかり544号」が広島駅に入ってきた。昨日からの大雨の影響で、5分遅れの8時20分。
いよいよ出発だ。

新幹線の中では、朝が早かったせいか、佐々木も隅田も物静かにしている。二人とも初めての全国大会ということもあり、やや緊張気味である。うとうとしていると、広島駅を出発してわずか1時間30分で新大阪駅に到着。あの遠的の練習に通った呉までが、車で1時間弱ということを考えると、大阪は本当に近い。

新大阪駅を降りると、予想通り、人の波が熱風とともに押し寄せてきた。駅舎内の放送や発車のベルの音などが混ざり合って、遠慮無く耳の鼓膜をつんざこうとする。人の波に押されながら階段を降り、次の電車の大阪市営御堂筋線(みどうすじせん)の乗り場を探すが、見当が付かない。慌(あわ)ただしさだけが、頭を占領している。
そこで、駅員を捜してそこまでの行き方を教えてもらい、やっとその乗り場にたどり着く。すぐに、プラットホームに入ってきた御堂筋線の電車に乗り込む。
すると、佐々木が慌てた顔をして「先生!これ女性専用車ですー。」と、小さな声で私に伝える。あたりを見まわすと、たしかに女性ばかり。知らずに乗ったとはいえ、言い訳するのもおかしな事態に陥るので、早々に退散する。

約20分で天王寺駅に到着。いったん外に出て、5分程歩いた所に近鉄南大阪線の阿部野橋駅があった。時刻掲示板を見ると、「普通」「準急」「急行」「特急」と4種類の電車があった。「普通」に乗ると、とんでもないほど時間がかかりそうだ。とにかく早く着きたいと思い、乗車券610円に加えて特急券500円を購入して、特急に飛び乗った。シートは大きく、さすがに特急。快適な乗り心地であった。
およそ30分で、目的地の橿原神宮前に到着。時計を見ると11時20分を指していた。広島駅を出発してちょうど3時間が経っていた。

目的地の駅に到着して、ほっとしたのか、お腹が急に空いてきた。ちょうど駅構内にあった食堂で昼ご飯を食べることにした。私は、ラーメン定食。佐々木は縁起を担いでトンカツ定食。隅田は天ざる。やっと一息ついた感じがしたが、同時に、疲れも全身で感じた。

橿原神宮前駅を出て、歩いて10分の所に、仮設練習場があった。6的×7射場の42的が設置されていた。入ってすぐの、一番手前の射場で、伊万里高校と出雲高校の選手が練習をしていた。井手監督(伊万里)、竹村先生、渡部監督に挨拶をすると、口の悪い出雲の渡部先生が「あんなに強かったのに・・・、なんで個人しか連れて来なかったの?」と痛いところをちくりと刺す。「あんなに」とは恐らく山口フェスティバルのことを指して言っているのでしょう。悔しさがまた湧き出て来ようとしたが、そこは奥歯を噛んでグッと抑える。

早速着替えさせて、一番奥の個人用の練習場に移動する。移動の途中、顔なじみの学校(全国大会常連校)が、すでに昨日から来ていて、練習に熱が入っていた。沼田も、奥よりの射場で練習をしていた。山口先生に調子を尋ねると、あまり良くないようであった。
私の経験からも、会場入りしてすぐは、全国大会の雰囲気に呑まれて、選手たちは思うような射が出来ないようである。だから、1日でも早く、会場に入ろうと、多くの監督は考える。
個人練習射場に着くと、鹿児島工業の個人選手二人がすでに練習をしていた。山口フェスティバルで優勝を争った相手だ。鹿児島工業も全国優勝を狙えるチームと言われながら、隼人工業に不覚を取ってしまった。崇徳と同様の個人のみの出場であった。

その他、近くには米子工業、倉吉西・岩国工業・神島の個人の選手も練習をしていた。米子工の小山先生、倉吉西の福光先生、岩国工の山根先生とも会場入りしてからの調子などを聞き、挨拶をかわす。

佐々木が「会」に入ってから、右足をズルズル滑らせる。ベニヤ板が滑るという。神島高校の監督の先生から霧吹きを借りて、足袋を湿らせる。すると、滑らなくなったようであったが、基本的な「足踏み」「胴造り」が出来ていないことを発見する。更に、上体が前に傾くので、弓を受けることも教える。
付け矢を20射程してから、荷物をもって、どこに何があるのか、広い会場内を散策することにした。歩いて5分程のところにある陸上競技場の中に巻藁練習場が設置してあった。ここも非常に暑い。
さらに歩いて5分程の所に第1体育館があり、そこが競技会場となっている。2階の観覧席に入ると、クーラーが利いていて外とは別世界。
今日と明日が公開練習の日となっているが、今日、公開練習を行っている学校はほとんどいない。やはり、公開練習は試合に近い明日に集中している。

すぐ傍には、市営弓道場があり、そこに隣接した建物が選手控室になっていた。そこもクーラーが設置してあり、選手にとっては過ごしやすい環境であった。

本大会の会場に来て最初に感じたことは、役員の先生方また補助員の生徒たちみんなが、爽やかな挨拶を惜しまずしてくれることだった。どこに行っても、その爽やかな挨拶は絶えなかった。

試合会場の入り口付近で記念撮影をしていると、鹿児島工業の竹下先生とばったり出会う。お互いに気持ちが、一瞬で通じ合ったのか「国体で会いましょうね」と約束をする。
(追伸・・キャラクターの一番人気はやっぱり「せんとくん」だった。)

宿舎は大阪の中心地の日本橋にある「ホテル・ヒラリーズ」。試合会場から1時間30分ほどの所。乗り換えのタイミングがよければ1時間余りで到着できるが、逆に、タイミングが悪いと2時間近くもかかる。行き帰りだけでもかなり疲れる。

「ホテル・ヒラリーズ」には、中国地方の学校が多く宿泊していた。
一般的なビジネスホテルであったが、昨年のインターハイで宿泊した「リコー研修センター」。また、大分国体で宿泊した「マリンカルチャーセンター」と比較すると、『めっちゃええ!!』
昨年の宿舎は遠いうえに、その建物は合宿所そのもの。テレビもなく食事もまずく冷え切っていた。(携帯のワンセグを使ってテレビを見ようとしたら、圏外。)
しかし、今年の「ホテル・ヒラリーズ」は、食事は、温かいものを口にすることができ(もちろん味も良く)、更には従業員の方たちがとても親切。その上、いつも笑顔で接してくれるその振る舞いが、私たちの心を和ませてくれた。
昨年がひどかっただけに、今年の宿舎は、本当にすばらしく感じた。


◆7月27日(月)6時30分

朝食を取り、7時過ぎにホテルを出発。歩いて10分のところに近鉄日本橋駅があり、そこから途中、鶴橋駅で乗り換え、更に奈良県に入ってから八木駅で乗り換え、そうして畝傍御陵前駅で下車する。今日も、朝から試合会場にたどり着くまでに、かなり体力を消耗した。体力の無い者は、全国では通用しないことを実感。
到着してから控え室に行き、着替えをし弓具を持って、巻藁会場へ移動する。歩いて7分程かかる。
今日は一段と蒸し暑い。
何本か巻藁射を行い、また、歩いて5分のところにある仮設練習場へと向かう。
公開練習は11時07分となっている。招集は10時40分ごろ。余り時間がない。時計を見ると9時30分を回っていた。移動の時間を考えると、あと1時間しかない。

時折、大粒の雨が激しく降ってくる。ひどく降ってきたなあと思っていたら、「あれぇー?」まもなくして青空が見えてくる。非常に不安定な天候である。

そんな中、仮設の補助生徒たちは、練習が出来るだけ早く再開出来るようにと、的場の板を、その都度ぞうきんで拭き取ってくれる。補助生徒、役員の先生方の機敏な動きに感動する。

仮設練習場からタイミングの良い時期に移動をしたいと思い、隅田を先に招集場所に行かせる。携帯で連絡を取り合いながら、良い時間に招集場所へ移動する。
試合会場の控えはクーラーが利き涼しい。薄暗く狭い廊下に「第4控え」が設けられていた。まもなくして「第4控え」から「第3控え」へと移動。「第3控え」は体育館の舞台の上に設けられ、更に暗い場所であった。そこで、《本人確認》と《弓具点検》《服装点検》《両手の点検》が行われた。
「第2控え」に移動し、すぐに、射場本坐の「第1控え」に移動する。
舞台の端から階段を使って降りると、いきなり試合会場の明るい照明が目に入ってきた。視界は一気に広がり、観客席や審判席が目に飛び込んでくる。
選手が入場した後に、監督が入場する。
佐々木はいつものように淡々として「第1控え」の椅子に坐る。見た目、冷静である。

佐々木は第二射場の2番立ち。1本目、2本目とほぼ真ん中に的中させたが、3本目を8時の下に、4本目を11時の上に外す。公開練習では、外しておくことも大事なので良い練習になったと思った。本人は全てを的中させたかったと思うが・・。これから調子を上げていけば、十分に間に合う。
公開練習が終わったので、ひとまず選手控え室で休むことにした。

選手控え室に戻ると、山口先生と沼田高校の選手みんなが、笑顔で迎えてくれた。明るくみんな元気そうであった。そこで、1+1=「にーっ」パチリ!
すぐ隣には岡山県の興陽高校の選手と仲西先生、木庭先生。ここでも、はいチーズ!
そして神辺旭の村上先生と山本さん、石原さんも、はいチーズ!
みんな、インターハイに出場できたその喜びを、『満面の笑み (^_^)v 』で表している。

この瞬間が、最高にいい!




沼田高校の監督と選手

岡山県 興陽高校の監督と選手

神辺旭高校の監督と選手と崇徳の選手

控え室でしばらく休んだ後、駅前のうどん屋さんで昼食を取る。むちゃくちゃ「こし」のある手打ちのうどんだった。おむすびもおいしかった。弁当よりは、温かいうどんの方がはるかにいい。佐々木が隅田にむかって「暑い時は、熱いものがえんじゃけーのー」と一言。
その後、練習に入ることにした。
昨日、佐々木の「射」を見ていて、一番気になったのは、会に入ってから矢先が動くところ。今日は、そこから調整していくことにした。

昨日と打って変わって、仮設練習場は賑わい、どこの学校も熱の入った練習をしていた。広島工業も沼田も高森も、監督のもと、調整に余念がない。その他、秀岳館、宇部中央、東京農大三高なども、ずーっと練習している。かなりの矢数をかけている。
暑さの中、監督の叱咤(しった)に耐えながら、練習する選手にとって、強い精神力と体力が無ければ、つぶれてしまう。
このインターハイの仮設で練習している選手たちは、本当に鍛え抜かれたアスリートたちの集まりだ。

公開練習の終了後に、監督会議が行われた。


山本忠欣先生と広島工業の選手



山口善聖先生と沼田の選手







◆7月28日(火)6時00分

朝食を取り、7時にホテルを出発。今日は、総合開会式。弓道競技の選手は昨年に続いての出場である。今朝も近鉄日本橋駅から乗車し、近鉄奈良線を経由して、市営球場前で下車する。
インターハイの総合開会式には皇太子殿下がご臨席になる。当然、警備は最上級の厳しさ。

市営球場前駅を下車して、路上に出てみると、道路という道路には警察官や私服刑事らしい人たちが、ものものしく立ち並んでいる。出場する選手たちはみんな、蟻の行列のごとく会場に向かって黙々と歩いている。我々はバスに乗って、会場まで行くが、会場に着いてからがまた大変。会場は大混雑しているうえに、広島県選手団の集合場所までが、これがまた遠い。歩けど歩けど、なかなか集合場所までたどり着けない。
やっと、隣接の「サブ競技場」に到着。そこでは、各県が入場行進の練習をしているところであった。
広島県のテントを覗くと、崇徳高校のバレー部の顧問の先生が、「遅いのー!早う、グランドに行きんさい!」と。行くと、広島県も入場行進の練習を始めていたところだった。なんとか、ぎりぎりセーフ。間に合った。

我々監督は、入場行進をする選手団の待機場所を後にして、メイン会場へ移動する。入場口では、《IDカード》や《身分証明書》、《持ち物》など、厳しいチェックが行われる。観客席はB席ゾーンで、そこには広島県高体連の先生方が既に来ておられ、「笠岡先生!こっち、こっちですよ!」と手招きをされる。
しかしながら、心配なのはお天気で、しだいに雨足が強くなってきた。観客の多くは支給された使い捨てのカッパをはおり始めた
オープニングの音楽隊の演奏が始まり、開始の時間がやってきた。

総合開会式は12時過ぎに終了する。この後、選手と合流し、今度は弓道競技の開始式に参加するために、橿原公苑に移動しなければならない。しかし、数万人が一度に移動するものだから、なかなか思うようには進めない。結局、橿原神宮前に到着したのは、14時近くになっていた。そこで昼食を取り、今日は練習はせずに、弓道競技の開始式に参加をすることにした。
開始式は会場の関係で、個人の選手は全員参加出来たが、団体は代表1名のみで、残りの選手・監督は、観客席からの参加となった。

7月29日(水)
7時00分
朝食を取り、8時過ぎにホテルを出発。今日は、団体予選が9:00から、個人予選が15:00から行われる。午前中は出来るだけ広島県やその他関係のあるチームを応援して、昼から練習に入ろうと佐々木、隅田に伝える。今年は女子が先で、沼田の立順は42番で11時40分ごろに行われた。女子団体予選が終わった段階で、30分程遅れる。男子の広島工業は32番で13時30分ごろとなった

女子の予選通過ラインは11中競射となった。11中は12校あり、その中から7校が決勝に進出出来た。岡山県の興陽はその11中の競射で敗退してしまった。
中国地方は高森15中、出雲15中、鳥取西15中、沼田13中の4校が、決勝トーナメントへ進出した。

一方、男子の予選通過ラインは12中競射。12中は7校あり、うち6校が決勝に進出。
中国地方は広島工業17中、米子工業14中、宇部中央12中の3校が、決勝トーナメントへ進出した。出雲工業、津山工業は予選で敗退する。

今日の昼はコンビニで弁当を買ってきて食べる。12時から活動を開始。巻藁場に行き、巻藁で調整。その後、仮設に移動して的前練習を行う。会に入ってから、右足が滑るのは直らない。しかし、会に入ってから動いていた矢先は、ほとんど動かなくなった。なんとか間に合いそうだと思いながら、時間がきたので招集場所へ移動した。

招集場所ではドライヤーを使って、佐々木の「かけ」を入念に乾かす。ドライヤーは夏場の必需品である。間もなくして「第4控え」に進み、以降は公開練習の時と同じく移動をし、射場へと進んだ。
いよいよ個人予選の佐々木の立ちがやって来た。

審判席に座っているのは「住本広島県委員長」

個人予選は3中以上が、準決勝に進出できる。
立順87番の佐々木の予選は[○○×○]の3中を出し、準決勝進出を決める。落ち着いて行射をし、3本目は外したものの、最後の4本目を見事に的中させる。公開練習の時よりも、調子は上向きである。(仮設で、体配・射形について、いくつか指導する。その結果、改善されたことが、写真からも伺える)
広島工業の齋藤選手も[○○×○]3中を出し、女子の広島工業の田口選手も[×○○○]3中を出し通過する。
しかし、『神辺旭』の石原選手は[×××○]1中に終わり、予選で姿を消すことになった。

昨日、石原選手にこんな話しをした。
おそらく、この大会が高校生活最後の大会になるでしょう。
だったら、結果はどうであれ、最後の矢は的中させて、終わりたいね。
高校生活の最後の矢は「×」では無く、「○」で終えたいね。
有終の美を飾って、笑顔で次のスタートを切りたいね。
と。
個人予選で、石原選手は、「×××」と3本続けて外す。すでに、この時点で予選敗退が決定した。
しかし、最後の4本目は、昨日の私の話しを思い出して、きっと祈りを込めて、矢を離したに違いない。


見事、「パーン」と、最後の矢を的に的中させて、有終の美を飾る音を場内に響かせた。

7月30日(木)
7時00分
朝食を取り、今朝も8時過ぎにホテルを出発。今日は、9:00から団体決勝トーナメント1回戦が始まる。その後に14:00から個人の準決勝、更に15:10から個人決勝が行われる。
女子団体の沼田は群馬県の伊勢崎清明と対戦。男子団体の広島工業は宇部中央と対戦。
沼田は開始から6試合目の9:40ごろに始まった。

沼田は前半6対7とリードされていたが、後半に入って9中し、逆転。15対14の1本差で、2回戦進出を決めた。
一方、男子の広島工業。予選で17中を出し、予選を2位で通過。会場入りしてから調子を上げてきた。しかし、今日の宇部中央との1回戦では14対11で、まさかの敗退。ここで姿を消してしまった。

我々は、早めに昼食を取り、12時から活動を開始する。巻藁から仮設に移動し最後の調整をしていく。会に入ってから矢先は動かなくなり、上体も真っ直ぐに上下に伸び、離れも鋭さが出てきた。仕上がりは上々である。いよいよ準決勝の時間がやってきた。

個人戦は(各県2名が出場)96名が予選に出場。うち準決勝に進出できたのは、女子が43名、男子が50名であった。

佐々木の4本の矢は[○○○○]と、ほとんど的中心に的中する。射形も安定し、離れも鋭く、迷いがない様子であった。
普段は、終わってから余り表情を出さない佐々木であるが、今回は自分でも納得のいく射ができたのであろう、笑みを浮かべて応えてくれた。これから、いよいよ決勝に進出する。

田口選手(広島工業)

広島工業の斎藤選手は2中と振るわずここで姿を消す。
女子の田口選手は3中を出し、決勝進出を決めた。

【個人決勝】
個人決勝は最初に女子が行われ12射連続的中させた鹿児島玉龍の選手が優勝する。
第2位に11射連続的中させた高森の岡田選手が入る。集中力が切れなかった。

岡田選手(高森)

女子の個人決勝は1時間以上かかる熱戦であった。

いよいよ男子の個人決勝が始まった。選手は32名に絞られていた。

決勝1回戦
佐々木は見事的中させる。
しかし、準決勝の時のような鋭い離れは見られず。明らかに調子が落ちている。もともと不器用で体の硬い佐々木にとって、この1時間の休憩がどこかを狂わせてしまったようだ。
この1回戦で、5人が脱落し、27名が2回戦に進んだ。

決勝2回戦
調子の余り良くない佐々木であったが、的中させる。
2回戦で6人が脱落。21名が3回戦に進む。

決勝3回戦

佐々木は的中させる。この3回戦で4名が脱落。残る17名が4回戦に進む。

決勝4回戦
佐々木はいつものように打ち起こし、矢を引き込み会に入る。狙いを定めて放たれた矢は、真っ直ぐに的に向かって飛んでいったが、12時に外れる。わずか1センチ枠の外側に。

射場から退場し、控えに戻り、佐々木と顔を合わせる。しばし、言葉が浮かんでこなかったが、残念な気持ちと、ここまで来れたという満足感と半々の気持ちが交錯してきた。
外では、隅田が待っていてくれて、佐々木の健闘(全国ベスト17)を称えた。佐々木自身も、決勝が始まるまでの1時間の調整の仕方に悔いが残ったものの、ここまで戦うことができたことへの達成感はあった。
全国大会という大舞台で戦ったその経験は、次のステップ(ミニ国体)を越える良き教訓となったことは間違いない。
照準は次の戦いに向きつつある。

7月31日(金)
7時00分

インターハイ最後の朝食を取り、今朝も8時過ぎにホテルを出発。今日は、沼田の応援に会場へ足を運ぶ。
決勝トーナメント2回戦は和歌山県の紀央館と対戦し、17対9で圧勝。
準々決勝は愛媛県の新田高校と対戦し15対14で勝ち進む。

準決勝は埼玉県の東京農大三校。
東京農大三校は、以前、崇徳が秀岳館に遠征した際、ともに練習試合をしたことのある学校だ。関東の強豪校の一つ。今回は、スクールカラーの緑のTシャツを着た保護者・生徒の大応援団がインターハイの会場を埋める。緑のTシャツの集団からは「全国制覇するんだ!」という意気込みが感じられた。
結果は15対12で東農大三が勝ち、沼田は敗れる。続く3位決定戦でも敗れる。

選手は涙で顔をくしゃくしゃにしていたが、「全国大会で流せる涙は『最高の涙』だ!!」
春の全国選抜3位に続き、4位の連続入賞は立派な成績である。


我々は、沼田のベスト4を見届けて、一路広島へと電車に飛び乗る。

休む間もなく、翌日の8月1日からは、ミニ国体に向けた強化合宿と1年生指導が待っている。