2009近畿まほろば総体 第1話

古事記》に「倭(やまと)は国のまほろばたたなづく青垣(あおかき)山隠(やまごも)れる倭(やまと)し 美(うるは)し」
口語訳…【大和は国々の中で
最も優れたよい所だ。重なり合っている青々とした垣根のような山々、その山々に囲まれている大和は美しい】とある。『まほろば』とは『優れたよい所・住みやすい所』という意味である。


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7月26日(日)7時55分

広島駅新幹線口に崇徳高校弓道部員が集まって来た。
今日は、6月7日の県総体で個人優勝した佐々木翼選手がインターハイ(近畿まほろば総体)へ出発する日である。
今年の弓道競技は奈良県橿原(かしはら)市の橿原公苑第一体育館で行われる。

プラットホームで新幹線を待っていると、山口県の高森高校弓道部の一行とばったり出会う。尋ねると同じ新幹線でこれから橿原市へ向かうと言う。先月の中国大会で、高森高校は女子で、崇徳は男子で、共に団体優勝した学校だ。これも何かの縁なのかも知れないと思いつつ、目をホームに向けると、まもなく「ひかり544号」が広島駅に入ってきた。昨日からの大雨の影響で、5分遅れの8時20分。
いよいよ出発だ。




新幹線の中では、朝が早かったせいか、佐々木も隅田も物静かにしている。二人とも初めての全国大会ということもあり、やや緊張気味である。うとうとしていると、広島駅を出発してわずか1時間30分で新大阪駅に到着。あの遠的の練習に通った呉までが、車で1時間弱ということを考えると、大阪は本当に近い。

新大阪駅を降りると、予想通り、人の波が熱風とともに押し寄せてきた。駅舎内の放送や発車のベルの音などが混ざり合って、遠慮無く耳の鼓膜をつんざこうとする。人の波に押されながら階段を降り、次の電車の大阪市営御堂筋線(みどうすじせん)の乗り場を探すが、見当が付かない。慌(あわ)ただしさだけが、頭を占領している。
そこで、駅員を捜してそこまでの行き方を教えてもらい、やっとその乗り場にたどり着く。すぐに、プラットホームに入ってきた御堂筋線の電車に乗り込む。
すると、佐々木が慌てた顔をして「先生!これ女性専用車ですー。」と、小さな声で私に伝える。あたりを見まわすと、たしかに女性ばかり。知らずに乗ったとはいえ、言い訳するのもおかしな事態に陥るので、早々に退散する。

約20分で天王寺駅に到着。いったん外に出て、5分程歩いた所に近鉄南大阪線の阿部野橋駅があった。時刻掲示板を見ると、「普通」「準急」「急行」「特急」と4種類の電車があった。「普通」に乗ると、とんでもないほど時間がかかりそうだ。とにかく早く着きたいと思い、乗車券610円に加えて特急券500円を購入して、特急に飛び乗った。シートは大きく、さすがに特急。快適な乗り心地であった。
およそ30分で、目的地の橿原神宮前に到着。時計を見ると11時20分を指していた。広島駅を出発してちょうど3時間が経っていた。

目的地の駅に到着して、ほっとしたのか、お腹が急に空いてきた。ちょうど駅構内にあった食堂で昼ご飯を食べることにした。私は、ラーメン定食。佐々木は縁起を担いでトンカツ定食。隅田は天ざる。やっと一息ついた感じがしたが、同時に、疲れも全身で感じた。

橿原神宮前駅を出て、歩いて10分の所に、仮設練習場があった。6的×7射場の42的が設置されていた。入ってすぐの、一番手前の射場で、伊万里高校と出雲高校の選手が練習をしていた。井手監督(伊万里)、竹村先生、渡部監督に挨拶をすると、口の悪い出雲の渡部先生が「あんなに強かったのに・・・、なんで個人しか連れて来なかったの?」と痛いところをちくりと刺す。「あんなに」とは恐らく山口フェスティバルのことを指して言っているのでしょう。悔しさがまた湧き出て来ようとしたが、そこは奥歯を噛んでグッと抑える。

早速着替えさせて、一番奥の個人用の練習場に移動する。移動の途中、顔なじみの学校(全国大会常連校)が、すでに昨日から来ていて、練習に熱が入っていた。沼田も、奥よりの射場で練習をしていた。山口先生に調子を尋ねると、あまり良くないようであった。
私の経験からも、会場入りしてすぐは、全国大会の雰囲気に呑まれて、選手たちは思うような射が出来ないようである。だから、1日でも早く、会場に入ろうと、多くの監督は考える。
個人練習射場に着くと、鹿児島工業の個人選手二人がすでに練習をしていた。山口フェスティバルで優勝を争った相手だ。鹿児島工業も全国優勝を狙えるチームと言われながら、隼人工業に不覚を取ってしまった。崇徳と同様の個人のみの出場であった。

その他、近くには米子工業、倉吉西・岩国工業・神島の個人の選手も練習をしていた。米子工の小山先生、倉吉西の福光先生、岩国工の山根先生とも会場入りしてからの調子などを聞き、挨拶をかわす。





佐々木が「会」に入ってから、右足をズルズル滑らせる。ベニヤ板が滑るという。神島高校の監督の先生から霧吹きを借りて、足袋を湿らせる。すると、滑らなくなったようであったが、基本的な「足踏み」「胴造り」が出来ていないことを発見する。更に、上体が前に傾くので、弓を受けることも教える。
付け矢を20射程してから、荷物をもって、どこに何があるのか、広い会場内を散策することにした。歩いて5分程のところにある陸上競技場の中に巻藁練習場が設置してあった。ここも非常に暑い。
さらに歩いて5分程の所に第1体育館があり、そこが競技会場となっている。2階の観覧席に入ると、クーラーが利いていて外とは別世界。
今日と明日が公開練習の日となっているが、今日、公開練習を行っている学校はほとんどいない。やはり、公開練習は試合に近い明日に集中している。

すぐ傍には、市営弓道場があり、そこに隣接した建物が選手控室になっていた。そこもクーラーが設置してあり、選手にとっては過ごしやすい環境であった。




本大会の会場に来て最初に感じたことは、役員の先生方また補助員の生徒たちみんなが、爽やかな挨拶を惜しまずしてくれることだった。どこに行っても、その爽やかな挨拶は絶えなかった。

試合会場の入り口付近で記念撮影をしていると、鹿児島工業の竹下先生とばったり出会う。お互いに気持ちが、一瞬で通じ合ったのか「国体で会いましょうね」と約束をする。

(追伸・・キャラクターの一番人気はやっぱり「せんとくん」だった。)


宿舎は大阪の中心地の日本橋にある「ホテル・ヒラリーズ」。試合会場から1時間30分ほどの所。乗り換えのタイミングがよければ1時間余りで到着できるが、逆に、タイミングが悪いと2時間近くもかかる。行き帰りだけでもかなり疲れる。

「ホテル・ヒラリーズ」には、中国地方の学校が多く宿泊していた。

一般的なビジネスホテルであったが、昨年のインターハイで宿泊した「リコー研修センター」。また、大分国体で宿泊した「マリンカルチャーセンター」と比較すると、『めっちゃええ!!』
昨年の宿舎は遠いうえに、その建物は合宿所そのもの。テレビもなく食事もまずく冷え切っていた。(携帯のワンセグを使ってテレビを見ようとしたら、圏外。)
しかし、今年の「ホテル・ヒラリーズ」は、食事は、温かいものを口にすることができ(もちろん味も良く)、更には従業員の方たちがとても親切。その上、いつも笑顔で接してくれるその振る舞いが、私たちの心を和ませてくれた。
昨年がひどかっただけに、今年の宿舎は、本当にすばらしく感じた。

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